人類に対する呪い「人生100年時代」
人生100年時代という言葉を聞くと、何て思うでしょうか?
私は平均余命を考えても、今を生きている男性が平均的に100歳まで生きるというのは嘘松だと思っているので、「嘘こくな!」としか思わないんですが、人によっては真剣に受け止めている人もいます。

多くの場合は長生きリスクに備えたバッファとして100歳まで生きる前提で考えているのだと思います。
それが正解か不正解かは、数十年後までは分かりません。
ただ、厚生労働省の2024年の簡易生命表を見る限り、多くの場合は過剰に準備し過ぎな状況になっていると思います。

最新の簡易生命表でも95歳まで生き残る確率は10%を切ります。
今後、医療が爆発的に発展して今では考えられないくらい長生きになる可能性もワンチャンありますが、今からその可能性に賭けて準備するのはやり過ぎでしょう。
ちなみに私は25%生き残る可能性がある90歳まででFIRE計画を立てています。
正直これでも「ちょっと長く取りすぎたかな?」と思っているくらいです。
制度的な問題なのか、枠組みの問題なのか?
人生100年時代というのは、保険会社や国による壮大な不安煽りだと思っていますが、このプロパガンダに踊らされている人は多いです。
「人生100年時代 働く50~70代の7割が「どんより」シニア社員のロールモデルの有無で幸福感に差」というニュースを見ました。

タイトルでほぼ全てを語っていますが、働いているオッサン連中は人生100年と聞くと、75.4%が「どんより」した気分になるという内容です。
このニュース、70代以上のシニア社員が働けるロールモデルがないから、幸福感が低いと言ったニュアンスで報道されていて、さもロールモデルが存在していればどんよりした気分にはならない的な話にしています。
どんよりする原因は、社畜が長い間こき使われるロールモデルがあるかどうかなんてツマラナイ理由なのでしょうか?
「いつまで働かなきゃいけないんだよ」という終わらない苦行に対してどんよりした気分になっているのだと思うんですが、これは私がFIREしたからでしょうか。
何歳まで働くかくらい自分で決めろw
ロールモデルの有無というのはそれほど重要でしょうか?
制度化されていた方が、いつまで社畜を続けるか計画しやすいというのであればその通りでしょう。
ただ、いつまで働くかなんて「自分で決めろよ」とも思います。
実際私は定年が60歳でも43歳でFIREしましたし、いつまで働くかなんてのは個人の自由です。
ロールモデルなんてあっても無くても、早く辞めたきゃ辞めればいいし、働きたいなら働けば良いです。
FIREにも4%ルールのような”ガイドライン”的なものはありますが、ロールモデルなんて存在しません。
いくら貯まったら、何歳で辞めるとかないですし
40歳でFIREしたFIRE歴60年の100歳の爺さんとかも存在しません。
自分の生活支出と、資産運用の結果によって内容が大きく変わるので、全く同じモデルは2つとないので、今後もロールモデルができることは無いでしょう。
私もこの先どうなるかなんて全く分かりませんが、少なくともFIREしたオッサンは今幸福です。
そして100歳まで生きてようが「まぁ、どうにかなるんじゃない?」とも思っています。
だからこそ、「どんより」した気分になるのは「あと何年働くか?」を考えるからだと思うんですが、それを決めるのは自分ですよ。



コメント
こんばんは仙堂です。
私も働いているとき、定年延長する会社などが出てきて、どんよりしました。
55歳定年だった時代もあったのだと聞いて、いいなぁ、と思いました。
定年後も働かないと生活できない、というのは、老後のことを考えず他人任せにしてきた人なんでしょう。給料もらって年金貰ってどうにかなるさ、というようなそんな感じでしょう。
家買ってローン払って。ローンは何歳まで払い続けるのですか? そんな年まで払い続けられますか? 今の給料は何才までもらえますか?
そんなところに家建てて大丈夫ですか? 車に乗れなくなっても大丈夫ですか? 足腰弱ってきて病院に通えますか? バスっていつまでも走ってるとは限りませんよ。
インフレ3%が続いても大丈夫ですか。少子高齢化が進んでいる今、年金支給額がインフレに追いつくと思ってますか?
給料をもらったら、もらっただけ使ってしまう。
そういう人生を送ってる人は、考えたことのない老後問題を突き付けられてどんよりしているのではないかと考えます。
仙堂智隆さん、コメントありがとうございます。
考えたくないことが間近に迫ってきてどんよりしているのかもしれませんね。
まぁどんよりしても資金が足りないなら、足りるように生活するか、働くしかないわけですけど
働くのも、支出を減らすのも嫌だと思ってどんよりしてるなら救えませんねw