FIREすると社畜時代から感じ方が大きく変わる日課
FIREすると日課は大切なものになります。
社畜時代にも日課は存在しましたが、社畜時代の日課はルーティンワークというか、やりたくないけどやらざるを得ない義務的な動きであることが多かったように思えます。
6時に起きて、7時に会社に出かける、仕事をして家に帰ってきたら家事をして・・・といった思い出すだけでやりたくなくなる社畜時代の日課
これも1つ、1つの作業を切り取ると、別にそこまで嫌なものではありません。
FIRE後にやる作業も多いですし、1人暮らしなら誰でもやる作業でしょう。
ただ、社畜時代は忙しかったこともあり、毎日何時までにやる必要があるといった制約が前提にあったルーティン作業でもあります。

このやりたい、やりたくないを置いてきぼりにして、「いつまでにやる」ってのが毒で、嫌な気分にさせられます。
仕事自体が「いつまでに」というノルマの集合体で、仕事の決まり事の方が強烈に嫌だったので社畜時代には全然気づきませんでした。
FIREした後に考えると「日課であっても、時間で縛られると嫌だ」とは感じます。
そんな社畜時代は何か嫌なものだった日課ですが、FIREすると一転愛おしいものに変わります。
これは「何時までに」とか「今日確実にやらないと」から解放されているのも大きいです。
何をしても自由だからこそ、毎日やることが大切なものになります。
やりたくなかったり、不必要だと思っていたら毎日やらないですからね。
FIREした後も残っている日課は今の自分に必要で、好ましく感じているからこそ残っているのでしょう。
社畜がFIREすると社畜生活の延長線上にFIRE生活がある
洗濯、掃除のようなFIREしようが、社畜のままだろうが等しくやる必要がある作業は別として、それ以外の時間を使って毎日やる日課というのは大切です。
若い時は時間があってもお金が無い、大人になるとお金があっても時間が無い、老人になると時間とお金があっても体力が無いと、常に「何か」が足りない状況になりがちです。
FIREした場合だけは例外的に全て揃っていると思います。
定年前で元気もそれなりにあって、さらに時間とお金もあるので、普通の人より自由度が高い。
だからなのか、FIRE後に急にはっちゃけて日本全国を車で旅するとか、海外に何カ月も行くって人も居ます。
こういう人は日課とかあんまり気にしないかもしれません。
とりあえず「やりたいこと」だけ始めるタイプです。
やりたくなくなったらパッタリ止めて、別のことを始めたり、急に飽きたと言い出したり何やら落ち着かない人が多い印象があります。
でも社畜からFIREした人は、基本「社畜生活」の延長線上にFIRE生活があると思います。
だから今まで意識、無意識にやってきた日課も、そのままFIRE生活に残ります。
そこから時間をかけていらない作業が消えて行き、やりたい作業が追加されていく形になるはずです。
毎日やる必要があってもいつやるかを決められるのは重要
で・・・日課と言っても自分の好きなタイミングでできるのも重要ですね。
私は食事や睡眠なんかがコレに当たります。
思い返してみれば、人生において何時に食事をするかは大体決められています。
朝食は7時、昼食は12時、夕食は19時とか。
集団生活していると食事を用意する関係上、食事の時間は厳格に決まっています。
家庭持ちの場合も準備の関係上、食事の時間はだいたい決まっている場合が多いです。
唯一、独身だけ飯の時間が自由です。
朝食と夕食は自由度が高いですが、独身であっても社畜だと昼食の自由度は低いです。
学生時代もお昼休みの時間が決まっていて、その時間で昼飯を食べる必要がありましたし、社畜になった後も12時が食事休憩です。
この時間に食べなくても良いんですが、食べないとその後お腹が空いても食べられません。
だからお腹が減ってなくても、12時になったら何か食べておくという生活になりがちです。
FIRE前は気付きませんでしたが、FIRE後はこれが結構ストレスになっていたと感じます。
「お腹が空いたら食べる」という動物的に当たり前の行動してないんだから、それも当然かな。
睡眠時間がバラついているせいか、FIRE後は食時の時間もかなりバラツキがあります。
最初の食事が4時くらいの日もあれば、15時くらいに食事をする日もあります。
前日食べ過ぎたなと思ったら、翌日は食事を取らずに過ごしていることもあります。
社畜時代は食べる時間を制限されていたせいで、何時になったら何か食べておかないとみたいな感覚があったんですが、FIRE後はお腹が減ったら食べれば良いかと思えるようになりました。

FIRE前は19時くらいまでに夕食が食べられるのが理想とか言ってましたが、それすら社畜生活の洗脳だったように思えます。
腹が減ったら食べればいいじゃないって感じです。
寝るのも同じで、眠くなったら寝る。
FIREして良かった部分が、この世間的な正義「規則正しさ」からの解放です。
食べる時間も寝る時間も好き放題なんて生活は社畜では不可能です。
だから私はFIREしたのが正解だったのだろうなと思います。
ブログは考えてアウトプットを作る日課
睡眠や食事といった生理的活動は毎日しますが、3大欲求以外で能動的に行う日課というものも当然あります。
私はブログとゲームは日課になっています。
日課のくせに週5日しか更新してねぇじゃね~かと思うかもしれませんが、毎日アウトプット出すのって大変ですよw
読み物なのでそこそこの長さは必要ですし、実際書くまでに「何を書こうか」考えることも含めて日課です。
だから毎日ブログに何を書こうか考える時間があります。
「FIREしたんだから金の話をしろ」と言う人もいるでしょう。
だけど、私にとってお金は所詮「働かない」ための道具でしかありませんし、デイトレじゃないので毎日売り買いしている訳でもありません。
それにブログで書くからと、あんまり興味を持ち過ぎてしまうと今度は相場が気になり過ぎて眠れない。
ブログテーマで相場の話を中心にしてしまうと、日課の「何を書こうか?」の部分から相場のことを考えることになってしまいます。
だから余程気になったことだけしか書かないようにしていますが、相場の話はブログに「何を書くか」という部分に関しては楽ですね。
毎日、相場の方からネタ提供してくれます。
気になったことを書くという曖昧なテーマだと逆に大変です。
そんなに毎日気になることなんて無いですからね。
だから何かしらWebからインプットを貰って書く訳なんですが・・・
FIRE界隈で毎日更新している人も同じなのか、ソース元が被ることがあります。
全然考え方が違うので、内容については全く異なるものになりますが、これをソース元にして記事を書こうと考える根っこの部分が同じなので結構被ります。
ネタ探しの巡回ルートも似てるかも?
この何を書くかとか、どう書くかの部分も含めて日課で、FIRE後に行う数少ない「考える」作業だと思います。
コレが無いとゲームとか動画とか読書とか受動的な作業しかしてないので、アウトプットを含めて考える必要があるブログはFIRE後の良い日課だと思ってます。


コメント