まったく同じ暮らししてるFIRE民ゼロ人説
FIREというのは本当に十人十色で、FIRE後に全く同じ生活をしている人はまず居ません。
特にFIREした人の嗜好がモロに出ると思います。
FIREなので、資産を作って、仕事を辞めるところまではテンプレで皆同じですが、資産額も人それぞれ、仕事を辞めた後に働くかどうかも人それぞれです。
私のように「間違ってもまた社畜で働くような事態にはなりたくない」って人も居ますし、「働いても良い、何なら働かないとFIRE生活が成り立たない」って人も居ます。
FIRE後の労働許容度は人それぞれ、許容度が高いと準備する資産も少なくなるのでFIRE時の資産額も、FIRE後のお金の使い方も人それぞれです。
資産が2,3億円あっても毎月10万円台で生活するFIRE民もいますし、月40万円以上使って生活するFIRE民も居ます。
資産額が同じでも使い方が違う。
使う人からすれば「何でお金があるのに使わないんだ?」と思うでしょうし、使わない人からすると「何で働いてないのにそんなに使うんだ?」と思うでしょう。
多分お互い相容れないと思いますw
FIREした人の資産の作り方や、性格、その人の半生なんかも織り込んで、皆違った感性を持ってFIRE生活をしているように思えます。
FIREが自由過ぎるので、犯罪じゃなければどう暮らしていてもOK
だからこそ、働いている人間と比べると外れ値が多いような気がします。
FIRE生活に飽きというモノは存在しない
FIRE後に何をするかについても、その人の嗜好が反映されたものになります。
大概の場合は「FIREしたらやろうと思っていたこと」か「FIREする前から好きだったこと」をやることになります。
どっちを選んだとしても、両方選んだとしても基本的に飽きることはありません。
良くあるFIRE後に〇〇をしようと思っていて、FIRE後はそればっかりずっとやっていたら半年で飽きた。といったどこかで見たような展開にはなりません。
FIRE後に始めて取り組むようなことだった場合は、「何か違うな」とか「自分には合わないな」ということもあるでしょうが、それは飽きたとは言いません。
また、FIRE前から続けていたような趣味だと、FIRE後にちょっと続けていたくらいでは、そうそう飽きがきません。
そもそも、世の中にはエンタメは溢れています。
受動的なエンタメだったとしても、新しいモノは常に発売され続けていますし、ニートと違ってFIRE民なら買うお金は十分あるはずです。
新しいジャンルを開拓すること、もし自分が好きなジャンルがなければ自分で作ることもできます。
何でも出来る状態なので、そこに「飽き」というモノはきっとないでしょう。
実際、1年ダラダラFIRE生活してきた私はFIRE生活に飽きたということはありません。
お前は生活に飽きるのか?って話です。
社畜の時のように、好きでもない何なら嫌いなものが周りにある状況が続けば「飽き」も来ますが、自分が傍に置いておいても不快に思わないものしか周りにない「FIRE生活」に飽きなんてある訳がないのです。
同じFIRE生活でも相容れないFIRE生活もある
とりあえず色々なFIRE生活があるのは間違いありません。
そして、色々あるからこそ自分と「相容れない」FIRE生活というものもあります。
以前から言っていますが、私はサイドFIREは否定派です。
完全否定の立場ではなく、遊ぶ金の分だけ稼ぐとか、FIRE生活が破綻しかけて生活費が足りない場合に緊急避難的に稼ぐサイドFIREはアリと考えています。

これはFIREというものが経済的自立+退職を原則としていて、働かないためにお金を貯めるという前提から発生したムーブメントだと思っているからです。
あくまで働かないのが主で、働かずに生活するには金がいるから資産を作る。
FIは従です。
そしてFIREしようって人間は、仕事が好きじゃないからFIREするはずだと思っています。
作業内容が嫌いなのか、一緒に働く人が嫌いなのか、その両方か
色々あると思いますが、仕事の何かが気に食わないからFIREするはずなんです。
で、その「何か」は簡単に解消できるような浅い話じゃなくて、労働をする限り普遍的に存在する不満が元になっているはずです。
そもそもFIREまで時間がかかるので、FIRE前によく考えた上で出した結論のはず。
職場を変えたり、就業形態が変わったくらいで解消するような話じゃないはずです。
そう思うからこそ、サイドFIREして好きな仕事が云々と言った話は、私とは価値観が合わないと思っています。
相容れないと思うFIRE民にも必ず1つはある共感ポイント
そして私がFIRE生活で相容れないと思っているのは、「家無しFIRE生活」です。
以前、記事にもしましたが私は家がないFIRE生活をするくらいだったら、社畜生活を選びます。

出不精の私にとって、自宅と言うのは不可侵の縄張りであり、安心できるサンクチュアリでもあります。
これが「無い」生活はあり得ません。
「旅をするように暮らす」とかスカしたセリフを許容できない。
旅をすること自体は良いと思います。
いつもと違う場所、いつもと違う家、いつもと違う食べ物を食べるのは悪くありません。
でも、それもせいぜい2、3日であって、延々と家に帰らずにずっと色んな所を彷徨うっていうのは私には理解できませんし、したいとも思いません。

ABEMAで48歳の車上生活者の話を見たんですが、この人働かずに全国を軽バンで車中泊をしながらパチンコして暮らしていました。
金がないから車中泊しながら生活してるって言うなら特に何とも思わなかったんですが・・・
この人、主な生活費はスマートフォンで行う株式投資で稼いでいて、働いてないそうです。
つまりFIRE民w
ホームレスFIRE民です。

パチンコと女、男が身持を崩す2大巨頭に集中した生活をしているようです。
30歳から18年も続けているようなので、これも1つのFIRE生活と言えますが、まぁ相容れないですね。
普通、FIREした人の話を見たり、聞いたりすると「あぁ、分かる」ってポイントが1つはあるもので、こんな相容れない人でも共感できるポイントはあります。
18年車中泊生活を続けてパチンコし続けても飽きないそうなので、やはりFIRE生活という物に「飽き」はないんだろうなと思います。
そして、夢は叶ってるから将来の目標なんてねぇよってのは何か分かる気がします。
社会は毎年成長しなければならない。
これは資本主義の原則、社会を構成する会社も毎年成長しなければならない。
ここまでは分かります。
でも、会社に居る社員1人1人が毎年成長し続けなきゃならないってことはありません。
目標だの何だのという形で、成長を強要するのは社会や会社の押し付けであって、FIREすると関係がなくなるものでもあります。
だから、今が満たされてるから、これ以上は無くても良いよと考えているなら「目標」なんて無くても良いと考えるのは当然です。
満たされていて、これ以上いらないならそうなるでしょう。
「足るを知った」状態です。
FIRE後も目標がどうしたこうしたという話にこだわるのは、ただ単に社畜時代の癖が抜けてないだけです。
FIRE後は足るを知る男でありたいとは思う話ですね。


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