古今東西、オッサンの幸福度は低い
よくある話に「オッサンの幸福度は低い」という話があります。
何を根拠に幸せか不幸せかと判断しているのかは個人の考えにも大きく左右される気がしますが、多くの人に聞くとある傾向が生まれます。
それが男性も女性も若い時と60歳以降で幸福度が高いのですが、30代~50代の幸福度は低いという結果です。
その中でも特に男性の方が幸福度が低いので、「オッサンの幸福度は低い」ということになるんですね。
この辺りは40代のオッサンからすると実感を伴って良く分かります。
学校の卒業から地獄のルーチンワークが始まりますからね。
毎日朝起きて、仕事に行って、家事して寝る。
このルーチンワークが延々と続きます。
そして先を見渡せば、定年までまだまだ10年~30年もあるのです。
そら幸福感なんて上がる訳がありません。
30代~50代の幸福感の低さは、社畜だから幸福感が低いんだと思います。
特にフルタイムで責任も押し付けられている男性の幸福感が特に低くなるんでしょうね。
社畜は不幸の源泉であるという前提で、今日は幸福感のお話をしようと思います。
幸福の前提となるのは「お金」と「健康」あとはオマケ
「金より生きがい」は本当か。氷河期世代、孤独な男性が不幸な現実【幸福度調査】という記事を見ました。
タイトルから最初に思うことは、金より生きがいというのは嘘だということです。
幸せか不幸せかに関係なくお金はすべての前提になります。
記事では所得・富、仕事、健康、住環境・自然環境、子育て・介護の環境、生きがい・未来への希望、自己決定、交友関係・人間関係、自己肯定・他者との比較、コミュニティとのつながり・社会貢献、安心安全、政治参画という12項目を幸福度の要素と仮定していますが、「富」と「健康」に関してはその他の要素の基本になるものです。
最低限この2つは満たしていないと、幸福の土俵に上がることすらできません。
お金が無くて、毎日その日暮らしの人は幸福や生きがい云々なんて言っている場合じゃありません。毎日、日銭を得るために馬車馬のように働くことになるでしょう。
逆に有り余るほどのお金があったとしても、寝たきりでは幸福を感じることはできないでしょう。
健康とお金があって初めて幸福かどうかという話ができると思います。
そういった意味では、幸福か不幸かなんて考えるのはある程度の余裕がある人だけに許された特権のようなものです。
健康でお金があって、それにプラスして何かがあると幸福という話をしなければおかしなことになるでしょうね。
FIREは幸福の源泉となり得る
以前、人生の幸福度はお金によって決まるかについて記事を書きましたが、お金は自分の人生をコントールするために必要なモノです。
記事内でも書かれていますが「自己決定」が幸福感を感じるためには重要だと思います。
自分で決めたように生きていれば、自分が不幸だなんて思うはずありません。
どう生活するかを自分で決めているんですから、それで自分は不幸だと思うようなら、自分で幸福だと感じるように生きれば良いだけです。
それが出来るのが「自己決定」です。
自分で決めたように生きる。
毎日通勤したり、会社の決まりに従う必要があったり、仕事内容も選べないといった自己決定から遠い生活からはほど遠い社畜の生活は「自己決定」から最も遠いところにあるのかもしれません。
だから幸福感が低いんでしょうね。
縛りが多ければ、多いほど幸福感は下がるのでしょう。
お金、健康、自己決定
きっとこれが幸福の源泉となるのでしょう。
この3つが揃っていれば、人はきっと幸福なはずです。
好きなことを自己決定してやれば良いのですから、生きがいがどうこうなんて考えるより、FIREして好きに生きれば良いのです。
FIRE後はきっと自己決定の連続のはずです。
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