よく聞く「ゆるく働く」とは一体・・・
サイドFIRE民が良く言うのが「月10万円分くらいバイトでもしてゆるく働きます。」というセリフです。
このセリフに違和感を覚えるのは私がオッサンだからでしょうか?
ゆるく働くとは一体?と思ってしまうのですが・・・
いや、意味合いは分かるんですよ。
多分、時間的な話をしているのだと思います。
それが分かっていても、なお違和感を覚えてしまうということです。
今日はこのサイドFIREして「ゆるく働く」について考えてみようと思います。
労働時間が短くなっても、すぐ慣れるよ?
そもそもの問題として、FIREする人は「働きたくない」からFIREするものです。
社会的信用、安定した給料、会社の福利厚生・・・こういった物たちを全てかなぐり捨ててでも働きたくないからFIREするはずです。
明確な目的を持ってFIREするという人も居るかもしれませんが、なんというかそこまで目的を持って事業なり何なりをはじめてしまう人は、FIREしたいんじゃなくてただ単に脱サラして独立したいだけにしか見えません。
つまり・・・FIREじゃね~のです。
FIREはあくまで働きたくないからするものです。
そこまでの覚悟をもってFIREしたのに、FIRE後にまた働くんですよ。
働きたくないからFRIEしたのに、働く時点で「ゆるい」か?
というのが、まず思う疑問です。
いや、言い分は分かるんですよ。
1日8時間(+残業)、週40時間のフルタイム勤務が嫌だってことなんでしょう。
ここから多少なり拘束時間が減れば、それは今までよりは「ゆるい」ってことですよね。
1日8時間労働ってのは、私も長いと思います。
実際社畜だと残業もするので、12時間労働とか14時間労働になったりもしますが
逆に減るとゆるいか?って聞かれるとそうでもありません。

私は若い頃は毎日終電まで残業していました。
そして30代後半にFIREしようと思い立ち、その後は残業は全くしなくなりました。
この時点で20代の頃の私と、30代後半の私では週に20時間超の労働時間減少が起きています。
でも別にゆるくなった感はありません。
結局、朝行かなきゃいけないことは何も変わりませんし、働くことにも何ら変わりがありません。
だから、これが1日5時間になったり、週4日になったりしてもそこまで大きな恩恵を感じるのかな?という疑問はあります。
例え労働時間が短くなったとしても、結局やることはやる必要がありますからね。
拘束時間だけでは「ゆるくなった」とは感じにくいのかもしれません。
それに長く続ければ、短くなった労働時間にも慣れるでしょう。
今は1日5時間がゆるく感じたとしても、5年後は苦痛に感じるはずです。
慣れた後でも「ゆるい」と言い続けられるのかは甚だ疑問です。
金貰っておいて、責任がないなんて世界線はない
多分、拘束時間にプラスして非正規労働でそれ程責任がないから「ゆるい」という表現を使っている可能性もあります。
働いているのにFIREしているという、謎の言葉であるサイドFIREですが
サイドFIREの中にも以下のような切り分けがされています。
コーストFIRE・・・将来FIREできる社畜
バリスタFIRE・・・社会保険に入れるくらい働くバイト
サイドFIRE・・・個人事業主
この中ではコーストFIREは社畜のままなので、本人の働く気がゼロであっても責任が無いなんてことはあり得ません。
そしてサイドFIREは、個人事業主なんて社畜以上に自分のやったことに責任が伴います。

この中だと、「私には責任なんてない」と言えそうなのはバリスタFIREだけです。
実際、バイトだろうと雇われてはいるので、責任がないなんてことは無いと思います。
責任なんてねぇよ。へへへっと適当に働くこともできるでしょうが、「このオッサン、使えねぇな」と毎日言われながら働くことになるでしょう。
それをあなたは「ゆるい」と感じるのか・・・
むしろ、そこまで図々しくやれるなら、社畜をやっていても何の苦痛も感じないのではと思います。
サイドFIREの「ゆるく働く」
働く時間を減らし、責任から逃れたように見えても果たしてそれは本当に「ゆるい」のか?
社畜時代とそんなに大きな違いが本当にあるのか?
サイドFIREする前に考えてみた方が良いんじゃないかと思います。
オッサンは1時間でも働くことになったら、その前日から「行きたくねぇ」と嫌な時間になるのでゆるくはないと思いますが、FIREする人の中でも苦痛の感じ方は人によるのかもしれませんね。


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