半世紀以上自由を制限された人は自分で考える力が無くなる。
無期懲役の判決を受けて61年間も刑務所暮らししていた人が仮釈放されたという記事を見ました。
その人は83歳らしいんですが、22歳の特に逮捕されてそのまま61年間も刑務所に居たのに何で今更仮釈放されるのか疑問ではあります。
別に外に出すなとか言っているわけではなく、平均寿命で見ればそろそろ寿命も尽きる年齢になってから、わざわざ何の縁も無いシャバに放り出さんでも良いんではないかと思います。
親族もほとんど生きていないでしょうし、友人知人が生きていたとしても60年以上会っていないのなら縁は切れているでしょう。
しかも今までの刑務所生活とまったく違う生活になります。
半世紀以上同じような暮らしをしていたのに80歳過ぎてから、急に明日からは自由にしてヨシと言われても困るでしょう。
実際、かなり面食らっているようで、刑務作業や命令が無いと落ち着かない様子で、長袖の腕まくりも分からないといった状況になってしまっているようです。
出すならもっと早くだしてやれよ。
今更出すなよと思うんですが、私だけでしょうか。
社畜と囚人の類似点を見る。
この記事を見た時に思ったのが、今後社畜も似たような状態になるんじゃないの?と思いました。
この仮釈放された人は「分からん」が口癖になって、何が自由なのかも良く分からない状態になっているようですが・・
ここまで極端な状況にならなくても、社畜も似たような状況になる可能性は高いと思います。
現在、政府は70歳まで定年を延長しようとしていますが、高校を卒業してから70歳の定年まで働いたとすれば、52年も社畜をしていることになります。
半世紀以上の長い時間です。
61年間刑務所にいたこの人と、それほど違いのない長い期間、ひたすら会社に拘束されることになります。
刑務所と異なり、社畜は一応、仮初の自由を与えられています。
平日の業務終了後や休日は自由にしていても問題ありませんが、それも月曜日の業務後は火曜日のための準備時間、土曜、日曜日は翌週のための準備時間として、与えられているだけとも考えられます。
つまり、常に会社に緩く拘束され続けているとも考えられます。
実際、社畜にアーリーリタイアすると言った場合の代表的な反応に「仕事を辞めたらヒマじゃない?」というものがあります。
余計なお世話ですが、戦慄する質問内容です。
バリバリの社畜は平日仕事をしていないと、その間何をして良いか分からないんでしょうか。
何も思いつけないほど発想が貧困になっているのか、仕事のように給料が発生して、社会的に意義がある(ように見える)活動をしなければならないと思い込んでいるのか、かなり発想が貧困になってきているように感じます。
半世紀以上と言わなくても、10年、20年と社畜として拘束され続ければ、社畜の生活が普通の生活になってしまい、社畜生活に使わない部分の発想力が貧困になるのかもしれません。
今は70歳を定年とする努力義務ですが、今後75歳、80歳と定年がどんどん後ろ倒しされる可能性は高いでしょう。
そうなったら、この囚人のおじいさんと何が違うのか?
10年、20年社畜をしただけであの様です。
これが、50年以上になったら更に悪化しそうな気がします。
定年になって刑務所(会社)から釈放されても、「仕事は無いのか。」と街を彷徨う元社畜が生まれるかもしれません。
人生は1度しかないと思えば、自分の興味の幅がどんどん狭まってしまう前に社畜からは解放されて自由になるべきだと思います。
この国の社会保障も大分怪しい状況ですし、再度捕まってまた刑務所(会社)に戻るようなことにならないように、十分に準備してからアーリーリタイアしたいものです。
少なくとも、リタイアしたけど「明日から何をすれば良いのか分からない。」なんて状況にはなりたくないものです。
コメント
恵まれた会社員生活の人はそうなるかもしれんが、セミリタイアするような人は圧倒的にめぐまれてない人の方が多いんじゃないか?
じゅゆさん、コメントありがとうございます。
恵まれててもリタイアする人はいますが、多数派は報われてないでしょうね。
働きたくないという気持ちだけでリタイアまで行く人も多いでしょうけど。